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子どもはからだを動かしていない? ~前編~

——増えるスクリーンタイムの影響

日本体育大学子どものからだ研究所 所長・野井真吾さんに聞く

こども定点2024」の調査結果をもとに、研究員が注目したキーワードから数字の奥に見える子どもたちの今を深掘りします。今回のテーマは「子どもはからだを動かしていない?」(前編)です。日本体育大学子どものからだ研究所 所長の野井真吾さんへのインタビューをとおして、スクリーンタイムが増える子どもたちの今をひもときます。


〈こども定点2024〉 https://kodomoken.hakuhodofoundation.or.jp/teiten2024/

実感調査から始まった子どものからだ研究

まず、「子どものからだ研究所」について教えてください。

日本体育大学では、子どものからだに焦点をあてた研究活動というのは、実は古くから取り組まれてきたテーマで、その成果を日々の教育活動に生かすだけでなく、広く社会に発信する活動にも努めてきました。こうした経緯もふまえて、人類の健康、社会の福祉に貢献する子どものからだ研究の発信地として、2023年4月に設立したのが「子どものからだ研究所」です。

少し話が遡るのですが、個人の活動として「子どものからだと心・連絡会議」というNGOの活動にも携わっていまして。子どもの心身について調査を続けている団体で、40年以上、子どものからだと心についてさまざまな視点でデータを集めた『子どものからだと心白書』を毎年発行しています。

この団体発足のきっかけは、日本体育大学とも関わりがあって。1978年、NHKが「警告!こどものからだは蝕まれている」という特集番組を制作したとき、日本体育大学にあった体育研究所との共同調査で、子どものからだについて全国各地の体育の先生や保健室の先生への実感調査をおこなったんです。

先生たちから「背中が丸い子が増えていると思うか」「疲れを訴える子が多いか」といった現場の体感を集めた実感調査をおこなったのですが、放送後にその番組の反響がものすごくあったんですね。しかし、当時は子どものからだについて議論をするような場がありませんでした。それで、その後も議論を続けていくために、先の団体が発足。現在は、5年に1度「子どものからだの調査(実感調査)」も実施しています。

「子どものからだ研究所」は、その体育研究所での取り組みをもとに発展してできた研究所です。私たちは“心も、からだを通して見る”という点にこだわっていて、子どもに特化して研究しているところは海外でも珍しいと思います。

スクリーンタイムが子どもに与える影響

今回うかがいたいのは、「こども定点2024」の調査結果から、現代の子どもたちが、私たちの頃と比べるとからだを動かさなくなっているように感じる点についてです。「ふだんしていること」「よくする趣味や遊び」についての質問で、動画視聴をはじめスクリーンでおこなう項目が上位を占めていることからも、その傾向がうかがえます。

おっしゃるように、子どもたちがスクリーン中心の生活になっていることは確かですね。スクリーンタイムが増えていることについては、僕らも心配しているんです。というのも、スクリーンの光が、子どもの成長に欠かせないホルモンの分泌に大きく影響するからです。

代表的なものが、眠りのホルモンであるメラトニンです。メラトニンは、体温を下げ、活動水準を下げて眠りにつかせる働きをしますが、メラトニンが作用するためには暗環境が必要です。本来は暗い時間帯である夜間に、動画視聴などからスクリーンの強い光を浴びてしまうと、このメラトニンの分泌量が下がってしまうんです。

また、メラトニンの元となるのは、セロトニンというホルモンです。これは日中に、前頭葉が刺激されることでつくられます。前頭葉を働かせるには、太陽の光を浴びることが重要なんです。特に外遊びなどでからだを動かすと交感神経が優位になるので、目の瞳孔が開き、さらに光を取り込みやすいからだになります。セロトニンがつくられやすくなるんですね。

夜間のスクリーンタイムと外遊び機会の減少が、こうしたホルモンの合成を妨げているのですね。

近年、昼間の外遊びが減ったうえに、夜の十分な暗さもない。今、日本の子どもは、世界の子どもたちと比較しても睡眠時間が一番短いといわれていますが、この生活環境ではそれも当然だなという感じですね。

また、睡眠だけでなく、子どもの目(視力)に与える影響も気がかりです。日本の子どもたちだけでなく、アジアの子どもたちは世界的に視力が低い。小さい頃からの近視というのは失明のリスクも高いんです。最近、日本眼科医会から講演依頼を受けたのですが、それは太陽光のなかのバイオレット光が近視を抑制するということがわかってきたからなんです。眼科の先生たちも外で遊ぶことの大切さを訴えはじめているんですね。

“2秒前”に生まれた夜の明るさ

スクリーン時間が増えることによる弊害は、子どもに限らず、私たち大人にもいえることではないかと思いました。

そうなんです。ただ、細胞分裂をしながら育っていく子どもと、細胞分裂がほぼ終わっている大人のからだでは、受ける影響が違います。とくに光は、子どものほうが感受性が高い。リビングの照明ひとつとっても、大きく影響を受けてしまうんです。

僕たちのからだは、光を感じることで活動に必要な物質が生まれるように仕組まれています。何万年も昔の人の立場になって考えてみると、当時は時計なんてないですよね。時間を認識するには、太陽の光しかなかったはずです。ということは、夜の活動が可能になったのは電球ができてからと考えることができます。

そこで、こんなことを考えてみたんです。エジソンが電球を発明したのは1879年。現代の人類と同じホモ・サピエンスが誕生したのは約30万年前。その30万年分の時間を1年に換算した場合、1879年っていったい何月何日ぐらいなのか。計算してみたら、なんと12月31日の23時59分58秒でした。

つまり現代人は、元旦=30万年前からほとんど変異していない遺伝子を持ち続けているのに、年越しの2秒前にできたものに対応しようとしている。そんな急激な変化に対して、現代人が不調を起こすのも当たり前だと思いましたね。

近年、気候変動などの自然環境の変化も大きいです。夏は猛暑で外で遊ぶ機会が減っていることに関してはどのように考えますか。

熱中症アラートが出ている日に外遊びを禁止することは、決して否定しません。あの暑さのなか、熱中症になるかもしれない子どもを外に出すのは危険です。けれど、それで満足していいのだろうかと、一方では思っています。

外遊びを推奨する活動団体の人たちと話したとき、彼らは「外遊びを禁止しなくても大丈夫」だと言うんです。なぜかというと、木陰があれば涼しいから、と。実際に行ってみると、たしかに猛暑でも木立のなかは涼しいんです。実際、子どもたちは夏でも外の森のなかで元気に遊んでいました。

ひとつのアイデアですが、僕は、小学校のグラウンドを森にすればいいと思っているんです。そうしたら、木陰で休みつつ外遊びもできる。自然のなかで過ごすことで、視力低下も抑制できるかもしれない。当然、睡眠も深くなりますよね。おまけに、日本中にある小学校を緑化できたら、脱炭素化にも貢献できます。もう一石二鳥どころじゃない(笑)。

それくらいのことを考えないと、僕たちは子どもたちから夏を奪うことになるのではないでしょうか。

学校での取り組みとして、具体的にはどう考えるとよいのでしょうか。

運動場を森にといっても、いきなりは無理です。15年は外遊びをしないことも含めて、森が育つ期間を乗り切る必要があるでしょう。でも、成長のいい木なら少しずつ遊べる範囲も広がってきます。10割遊べなかったところが、2割、3割とだんだん遊べるようになる。その割合を変えていくだけでも、子どもの発育には大きな影響があると思います。

これだけ環境が変化してしまうと、既存の枠のなかで考えてももう無理です。もっと発想を柔軟に持って取り組まないといけないと思っています。

後編につづく)

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