「オープンダイアローグ」に学ぶ子どもとの対話の持つ可能性
斎藤環教授(精神科医/筑波大学)
高橋暁子(元小学校教員/ITジャーナリスト)
フィンランド発の「オープンダイアローグ」という精神療法をご存知でしょうか。ダイアローグとは「対話」という意味であり、オープンダイアローグとは文字通り開かれた対話のこと。従来は薬が必要だった統合失調症の治療に高い効果があることで、注目を集めています。 オープンダイアローグとはどのようなものなのでしょうか。子どもとの対話などにも活用できるのでしょうか。小学生の子どもを持つ母として、オープンダイアローグについて研究し、『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)などの著書を持つ筑波大学斎藤環教授に話を聞きました。
「オープンダイアローグ」とは何か
高橋まず、オープンダイアローグとはどういうものか、わかりやすく教えてください。
斎藤患者や家族から連絡をもらって24時間以内に訪問し、繰り返しの対話を通して症状緩和を目指す療法のことです。単に手法というばかりではなく、実践のためのシステムや思想を指す言葉でもあります。1980年代にフィンランドのケロプダス病院で始まりました。
ミーティングの参加者は、患者、家族、友人、医師、看護師、セラピストなど、患者に関わる全ての人が対象となります。ミーティングは基本的に全員参加で、医療チームでの話し合いもすべて患者の眼の前で行い、患者の同意なしに進めることはありません。
医師の指導を仰ぐなどの上下関係はなく、専門家も家族や友人も同じ立場で発言し、耳を傾けます。可能な限り「開かれた質問(「はい/いいえ」以上の答えが求められる質問)」から対話を始め、治療チームは患者やその他のメンバーの発言すべてに応答しなければなりません。
オープンダイアローグを導入した西ラップランド地方では、統合失調症患者の入院治療期間が平均19日短縮されました。また、通常治療では服薬が必要な患者が、この療法後は35%しか必要としませんでした。さらに2年後の予後調査では、再発がないか軽微なものにとどまっていた患者は82%(通常治療50%)、再発率も24%(同71%)と大きな成果を上げています。
これまで薬を使うことが前提だった統合失調症の治療が、対話だけで解決できるのです。対話全般のあり方を見直す上でも大きな可能性があると思います。
高橋そのすべてが対話の力なのですね。対話にそこまでの効果があるとは、本当に驚きました。
斎藤ええ、モノローグ(独り言)ではなくダイアローグ(対話)なところがポイントです。妄想とはモノローグであり、患者をモノローグから抜け出させるのが周囲との対話なのです。
世間一般で対話と思われているものも、実は対話じゃないことがほとんどです。対話とは何かを知るためには、対話ではないものを考えるとよいですね。たとえば、議論や説得、説明は対話ではなく、モノローグとも言うべきものです。議論、説得、説明は、すべて結論ありきですよね。このように、相手にわからせよう、伝えよう、意見を変えてやろうという意図のやりとりは、すべて対話ではないと考えてください。
対話の目的は、対話を続けることそれ自体です。相手の気持が変わる、結論が変わる、選択肢が変わることを目指すのは対話ではありません。治療の成果は、あくまで対話の副産物なのです。
結論を求めるためではなく、支援を必要とする主体がいて、その主体との対話が軸となります。主役は主体であり、周囲はそれに対して感想などを返していきます。そうするうちに、中心にいる患者の症状が消えていくというわけです。
高橋オープンダイアローグについて知った時、どのように感じましたか。
斎藤直感的に「いける」と感じましたね。これまで考えあぐねていたことがすべてつながり、色々なピースが一気にはまった感じです。
たとえばオープンダイアローグには、クライアント(患者)不在のところでクライアントに関することを決めてはいけないとか、治療者だけで話さず必ずクライアントの眼の前で話すというルールがあり、倫理性が一貫しています。クライアントの知る権利を尊重しているわけですね。
また、通常の治療場面のように、医師—患者という権力構造のもとにある二者関係はしばしばハラスメントの温床であり、問題が起きがちですが、オープンダイアローグはチームで治療しますのでこうした問題を回避できます。社会の様々な場面では、無意識のうちにヒエラルキーがあるまま会話を行ってしまうわけですが、そうした階層構造を徹底的に無くすことがオープンダイアローグのまさに根幹となる考え方なんです。
薬はほとんど使わないし、知る権利も尊重しているし、権力関係にも依存しない。これほど倫理的な手法は、治療法に限定しても、ちょっとほかに例がありません。治療上の倫理性が高いほど効果的なのが素晴らしいですね。
親子でも使えるオープンダイアローグという手法
高橋オープンダイアローグは統合失調症の治療に使われる療法ですが、それ以外にも活用できるのでしょうか。たとえば、小学生や中学生の子どもとの親子間コミュニケーションでも使えるのでしょうか。
斎藤できるでしょう。対話全般、つまり色々な場面で使えると思いますし、特に、悩みがある場合に役に立つと思いますね。オープンダイアローグでは、治療者は一般的/客観的な世界に住んでいて、患者は特殊/主観的な世界に住んでいるとは考えません。全く対等な存在として扱います。これは、大人と子どもの関係にもあてはめてみることはできると思います。
高橋とても興味があります。具体的にはどのようにすればいいのですか? 親子間で聞く場合のコツを教えてください。
斎藤時間にして、1時間〜1時間半くらい、話をしっかり聞いてください。その時に、複数メンバーがいた方が聞いてもらえた感じが深まります。
母と子の一対一ではなく、その他の家族や友達が参加するほうがいいですね。そもそも一対一は難しく、高いスキルが必要になります。特に親子関係のように、力の関係がはっきりある場合はそれだけでも難しい。また親子では関係が近すぎるために、見えなくなってしまう面があると思うのです。たとえば他人の子どもなら気づくのに、自分の子どもの成長には気づきづらい経験がある方は多いでしょう。
そこで、第三者に入ってもらうと、視点が変わり、色々なことに気づきやすくなります。普段と違うところに目が向きやすくなるわけです。権力関係があると助言や感想が命令に聞こえたりしてこじれやすいので、その意味でも、色々な人が入るほど関係性がフラットに近づくのでいいですね。
これに加えて、「リフレクティング」という手法があります。例えて言えば、クライアントの前で専門家どうしがクライアントの噂話をするような形を取ります。具体的には、クライアントの評価や今後の方針などを、専門家同士の対話のなかで話し合ってみせるのです。例えば「この人はこういうことをがんばっていると思う」とか「努力が及ばないときには治療を受けてみるのもいいのでは」などのように。人は自分について誰かが話し合っているのをなかなか無視できないものです。そのせいか面と向かって話す場合よりも、こちらの話をしっかり聞いてくれます。その応用で言えば、子どもの目の前で、両親が子どものがんばりを評価し合ったり、褒めたりしてもいいですね。普通にほめるよりも喜ばれると思います。
高橋ただ褒められるより、「◯◯さんが褒めていたよ」などと第三者の言葉で褒められると嬉しいのと同じですね。
親子間のオープンダイアローグを成功させるコツ
高橋実際に活用してみたいので、聞く時のコツを教えてください。
斎藤まずは共感することが大切です。たとえば、「私も同じ経験があるので、その辛さはよくわかります」とか、「話を聞いていて私も苦しくなってきました」のように、感情を伴った聞き方ができるといいですね。
基本的には、相手の話を批判したり否定したりしないことです。言葉で否定しなくても、態度に出すのもいけません。否定や批判は、思った以上に態度に出ているものです。対話の目的は「なにが正しいか」を追求することではありません。いわば主観と主観の交換ですから、批判をする必要はありません。
基本的姿勢は「あなたのことをもっと知りたい」という興味関心を前面に出すことです。上からでも下からでもなく、相手に対する好奇心と尊重の気持ちを忘れずに向き合うことです。経験をもっと深めるような質問をするのがいいでしょう。その時の気持ちを語らせたり、経験を描写してもらうのもおすすめです。
感想を伝えるのもいいですね。相手の好きなものを「私も好き」と言えるなら結構ですが、もし嫌いだったら「私にはよくわからない」と伝えても構いません。なんでも迎合する必要はありませんが、相手がなぜそれを好きなのか、この点について丁寧に尋ねてみるのは大切なことです。
高橋子どもの話を聞いていると、つい「つまりこういうことね」とまとめてしまうんですが…
斎藤まとめたり解釈したりするのは好ましくないとされています。相手を不安にしてしまうことがあるからです。わかりにくいことは一つ一つ質問を繰り返すことです。「わかったつもりになる」ことを、いかに我慢できるかが大切です。
高橋耳が痛いです…。他に注意点はありますか?
斎藤親御さんの多くはお子さんの言葉を、みなまで言わせないでさえぎってしまう傾向にあるので、とにかく最後まで話させることが大切です。一時間じっくり話を聞ければ、ほとんどの方が満足します。ただ聞きっぱなしではなく、子供の発言にはさまざまな反応を返してください。お子さんが「お母さんの態度に腹がたった」と言ったら、「お母さんの態度に腹が立ったのね」と繰り返したうえで「よかったら、どういうところに腹が立ったのか、もう少し話してくれる?」と聞いてみましょう。言葉を丁寧に聞き取り、それに誠実に反応しましょう。家族はお子さんにとって環境そのものです。ただしっかり話を聞くようにするだけでも、お子さんの「居場所」が広がり、呼吸がしやすくなるのです。
わからないものを無理にわからなくてもいいんですよ。たとえば統合失調症の患者さんが「幻聴が聞こえた」とい訴えてきても、無理に「わかる」と同意する必要はありません。「私には聞こえないのでわかりませんが、わからないのでもっと詳しく教えてください」でいいんです。我々も、他人に知りたがられると嬉しいですよね。知りたいと思われていること自体が喜びなんです。
それから「オープンダイアローグ」という名称からよく誤解されることですが、喋りたくないことは喋らなくていいんです。自分の隠したいことを喋る必要はありません。つい出てしまうことはありますが、秘密を暴く手法ではないのです。
高橋自分から話してくれる子ならいいのですが、子どもに話を振ってもなかなか話してくれないことがあります。面倒臭がって「忘れた」と言われてしまったり。
斎藤無理に言葉を引き出そうとする必要はありません。ただでさえ子どもにとって親の「知りたい」は、監視や管理と誤解されやすいのです。その意味では「何を考えているか」よりも「何を感じているか」のほうに焦点を当てるといいでしょう。リフレクティングも効果的です。お子さんはなかなか話してくれなくてもご両親間で、ご本人のいるところで、お子さんについて話し合うのです。「この子はこんなふうに考えているのかしら」「この子の将来を心配することしかできない自分がもどかしい」みたいに。これはお子さんから「そうじゃないよ」と突っ込まれるのを期待してのことでもあります。あと、もちろんお子さんから相談などをもちかけられたら、しっかり反応を返して話をふくらませてください。対話の目的は解決ではなく、対話が続くようにすることですから。
対話はシンフォニーでなくていいんです。調和ではなく、お互いの違いを掘り下げることが大切です。オープンダイアローグでは、シンフォニーではなくてポリフォニーと言っています。様々な音が混じって一つの音楽になるというというよりも、様々な音がそれぞれ混じらずに並列していても成立するような音楽という比喩ですね。
高橋最近は、親子間でもLINEなどのチャットでコミュニケーションすることも多くなっています。オープンダイアローグは、そのようなものでも可能でしょうか?
斎藤残念ながら、チャットでは難しいですね。感情的なものが伝えにくいからです。やはり直接話すことが大切ですね。
高橋私はそちらが専門ですが、やはりチャットなどではコミュニケーションが難しいと感じています。直接話し合うことが大切なんですね。ぜひ実践として、子どもとの対話を心がけてみたいと思います。
本日は興味深いお話をありがとうございました。
斎藤 環
1961年生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。爽風会佐々木病院などを経て、現職。専門は思春期・青年期の精神病理学で、ひきこもりの治療でも知られる。文学、映画、美術、漫画など幅広いジャンルで批評活動を展開。著書に『社会的ひきこもり』『心理学化する社会』『家族の痕跡』『母は娘の人生を支配する』『関係の化学としての文学』『「社会的うつ病」の治し方』ほか多数。