座談会メンバー
宮田和樹さん
青山学院大学デジタルストーリーテリングラボ主担当教員。メタバースやVR領域のコンサルティングや技術支援を非営利セクターや伝統文化団体でおこなっている。ヤフーやマイクロソフトでポータルサイトの企画やPMを担当。今回の取組では、アバターに関するレクチャーやインタビュー手法の設計協力からインタビュー本番の立ち会いまで、さまざまな面から支えてくださいました。
研究員F
子ども研究所研究員。写話プロジェクトのリーダー。インタビューの聞き手も担当。
研究員T
子ども研究所研究員。写話プロジェクトのメンバー。インタビューの聞き手も担当。
Mさん
調査会社所属。今回おこなったすべてのインタビューに立ち会っていただき、インタビュー前のイントロダクション、インタビュー後のクロージングなどを担当していただきました。
写話アバター編の
インタビューの流れ
①撮影 |
自分のカメラやスマートフォンで、休日も含めた1週間、「好きなこと」に関する人、もの、場所などを自由に写真に撮ってもらう。 |
---|---|
②アップロード |
撮影した写真にタイトルとコメントをつけ、専用サーバにアップロードしてもらう。(アップロード枚数は5点まで) |
③インタビュー |
撮影した写真をもとに、約1時間のインタビューをおこなう。インタビューは、オンライン会議ツールのZoomを用い、生身の人間が聞き手となった回と、アバターが聞き手となった回を、日にちを分けて実施する(計2回のインタビューを実施)。 |
④ふりかえり |
後日、写真撮影やインタビューの感想などを、相手がアバターの場合と人間の場合のそれぞれについて、アンケート形式でたずねる。 |
バーチャル空間のほうが、
話しやすくなる子がいるかもしれない
写話アバター編をふりかえるということで、今回はみなさんにお集まりいただきました。まずは、アバターを用いた写話インタビューをやってみることになったいきさつから教えていただけますか?
アバターを使ったインタビューという今回の形にたどりつく前に、写話のインタビューをVR(バーチャル・リアリティ)空間でやってみたいねと、プロジェクトメンバーのなかではコロナ禍になってZoomでインタビューをするようになった頃からしていて。ただ、知れば知るほどゲームのようなVR空間でインタビューをするには、越えなければいけないハードルがたくさんありそうだということで、まずはアバターを使ったインタビューをやってみたというのが今回の取組です。
VR空間でのインタビューは、どういう流れから話題にあがったのでしょう?
中学生にインタビューするなかで私たちが感じてきたことが大きく影響しています。特に男子に多いのですがインタビューをしていると、ボイスチャットでおしゃべりしながらゲームをしているという話がよく出てくるんです。そこでの会話は、ゲームに関連したものばかりでなく、「宿題やった?」みたいな普通に教室でするようなおしゃべりも多いらしくて。あとは、私たち大人と話すときに、ちょっと話しづらそうにしているような子もいて。そこで考えるようになったのが、ゲーム空間のような場所で顔を出さずにインタビューしたほうが、もうすこし話しやすくなる子がいるかもしれない、ということでした。
語りづらそうにしてる子たちにもいろいろなパターンがあって。そもそも知らない大人と話せないタイプの子だったり、話はしてくれるけどずっと目を合わせない子だったり、あとは二刀流の子なんかもいました。2つのモニタを同時に使って、片方のモニタで何かしながら、もう片方のモニタでインタビューを受けるという二刀流。いろいろな子がいるなかで、その子にあった話しやすい環境をVRで用意できたら、もっといろいろなことを話してもらえるかもしれないし、私は語り手のリクルートも担当していたので、リクルート先の可能性も広がりそうだなということを考えていました。
たしかに、うまく使えばいろいろな効果が期待できそうですね。ところで、宮田先生はどのようにプロジェクトに関わることになったのでしょう?
あるとき、プロジェクトメンバーの一人が勉強会でVR空間を作っている博報堂のチームの発表を聞いて、VR空間で写話をできないかそのチームに一度話を聞いてみようとなったんです。そのプロジェクト自体は中断してしまっていたんですが、そこに関わっていた宮田先生を紹介してもらって、VRを使って写話のインタビューをしてみたいんですけど……とご相談したのがきっかけでした。
※イメージ(インタビューに協力してくれた中学生の写真ではありません)
アバターは人の語りを変えるか?
もともとVR空間でのインタビューを想定していたとのことですが、アバターを使ってインタビューをする今回の方法は、どのように決まったのでしょう?
最初、宮田先生に何回かワークショップをしていただきましたよね。
VRという言葉は知っていても、実際にVR空間に入った経験はなかったので、まずは体験してみようということで宮田先生に機材をお持ちいただいて会議室でゴーグルを装着してみたりして。
はじめて体験されたVR空間はどうでしたか?
ものすごく広いバーチャルの野山を駆けまわってみたり、ありえないくらい大きな動物を持ち上げてみたり、普通の世界ではできないことができて、すごく面白かったです。また、体験してみることで、実際にこのVR空間でインタビューできそうだなという手応えもありました。
ただ、聞き手と語り手の双方がVR空間に入ってインタビューをするとなると、やっぱり機材とかいろいろ準備するのが大変だなということも、体験してみてよく分かりました。
アバターを使ったインタビューというアイデアはどうやって出てきたのでしょう?
宮田先生とお話するなかで、一足飛びにVR空間で何かする手前の段階として、アバターを使ってインタビューする方法もあるんじゃないかというアドバイスをいただいて。
何年も継続してきた写話インタビューの一連の流れがすでにあったので、そのなかにVRとかメタバースの要素を部分的に取り入れることからはじめて、段階的にVR空間でのインタビューをめざしていくのがいいと思ったんです。
そこで、インタビューする側だけがアバターを使うというやり方であれば、自分たちがコントロールできる範囲で完結できて、一番やりやすいのではないかとお伝えしました。新しい取組だけに、何をしてもやった分だけフィードバックがあって、その全部がまた次につながる情報になるだろうとも思っていたので。
宮田先生にお伝えしていたのが、写話のやり方を根本から変えるのではなく、普段やっていることの延長線上で何かひとつフィルタをかけることで、子どもたちの語りがどう変わるか試してみたいということでした。なので、アバターを使ってインタビューしてみるというのは、そのフィルタとしてちょうどよく、わりとすんなり決まりました。
ちなみに、今回の取組の前提というか、仮説についてもふれておきたいのですが。
ぜひ教えてください。
この取組のリサーチをはじめた頃は、アバターを使ったほうが使わないときより自己開示が促進されるという研究が多く発表されていて、そういう論調が強まっていました。また、ビジネスアイデアとしてもアバターを使ってコンサルティングやカウンセリングをするようなサービスが出てきていました。その仮説が正しいとするならば、インタビューにアバターを使うことでよりスムーズに話してもらえるかもしれない。そういうことが今回の取組の前提となっています。
ただし、対面の良さはもちろんあるし、アバターじゃない人がインタビューするからこその良さもあるはずです。アバターを使ったらいろいろな問題が解決して、子どもたちもどんどん積極的なってくれて、いいことずくめです、のようなポジショントーク的な結論のために今回の取組をやったわけではないということは、僕たちのスタンスとして大事なところだと思っています。
VR空間を体験するために使ったヘッドマウントディスプレイとコントローラー
ふさわしいアバターってどんなものだろう?
アバターを使ってインタビューすることが決まってから、どのような準備をされたのでしょう?
準備面でいうと、まずはアバターとかVRの知見を入れるために、いろいろな参考文献にあたったり、VRが体験できるイベントに参加したりしました。あとはVR空間で不登校の子たちを支援している方にもヒアリングさせてもらったりして。できる範囲で勉強をして、そこで学んだことをメンバーで共有していったというのが最初の段階でした。
たとえばどんな文献にあたったのでしょう?
コロナ禍の影響で、オンライン授業とアバター活用について、みたいな論文もけっこう出ていたので、そういうものをネットで見つけては共有したり。あとは宮田先生に参考文献を紹介していただいて。なかでも今回の取組で参考にしたのが、バーチャル美少女ねむさんの『メタバース進化論——仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』という本でした。最初は、カタカナの専門用語が多すぎて、ぜんぜん読み進められなかったですけど(笑)
どんなアバターを用意したらいいかも、ねむさんの本を参考にしましたよね。
人間型と非人間型の両方のパターンを用意することだとか、いろいろ参考にさせてもらいましたね。候補選びの段階では、建物とか植物とかモンスターみないなアバターも選択肢に入れていたんですけど、最終的に人間型3種類と動物型(非人間型)3種類の6種類から、聞き手のアバターを語り手である中学生に選んでもらうことになりました。
アバターの造形は本当に自由なので、中学生がこういう人と話したいという理想の相手を個別にカスタマイズして作ることも、できるはできるんです。でも、インタビューの時間は決まっているし、アバター選択にそんなに時間もかけられない。そうすると、いくつか示した選択肢のなかから選んでねっていう形になるんですけど、それだとどうしても準備した側が選んで欲しい選択肢に誘導するような恣意性の強いものになりかねないという懸念もあって。
なので、なるべく今、世の中で使われているアバターを類型化したうえで、各類型の典型例となるようなアバターを用意できたらいいのではないかと考えたんです。そのときに、ねむさんが『メタバース進化論』でおこなっていた類型化を参考にさせてもらいました。
アバター候補選びの打合せに参加させてもらいましたが、検討段階では本当に多様なアバターが候補にあがっていました。
現実との折り合いも考えながら、入手がわりと容易な既存のアバターのなかで選んでいきました。なので、最終的に選んだ6体が理想的な各類型の代表かっていうと、そうは言い切れないんですけど、できる範囲でベストを尽くしたラインナップにはなっています。
アバターの検討にあたって、一般的なアバターを選ぶと露出度が高いものが選ばれてしまうということが議論になっていたことも覚えています。
大人たちが実際にVRチャットとかで使っているアバターが一般的だと思うんですけど、そういうところでよく目にするポピュラーなアバターのなかには、今言われたような課題があるものもあって。この取組にふさわしいアバターってどんなものだろう?というのは、何度もディスカッションしました。
ふさわしいアバターを考える際の基準について、もうすこしくわしく教えていただけますか?
子どもたちが親近感をもてるかどうかも、ひとつの基準でしたよね。羽が生えているキャラクターとかモンスターとか、非日常的なキャラクターをアバターの候補に含めるかどうか、とか。今回は、話すテーマが「日常のなかで好きなもの・こと」なので、やっぱり中学生の日常のなかにいそうな人や動物にだんだん集約していった結果がこの選択肢でした。
表情が分かりやすいかどうかということも大事にしましたよね。リップシンクロやまばたきとか、相手に表情でちゃんと感情が伝わることも大切だと考えていたので。あとは、人間型のアバターは、子どもたちと年齢的に近ほうが親しみやすいと考えて、若々しい見た目のものにしました。
今回のインタビューならではの基準といえば、聞き手となるアバターの「中の人」はFさん・Tさんに決まっていたので、お二人が演じやすいというか、ご本人たちにとって無理がなく、1時間のインタビュー中も破綻しないキャラクター、ということも考えました。下手にキャラづけすると、途中でキャラが崩壊してしまう可能性もあるので。
最終的に選択肢として残ったアバターたち
意外な一面が引き出されていく
最終的に選択肢に残った6種類のアバターには、それぞれプロフィールを設定されていましたよね。
キャラクターごとに簡単な設定を作っておいて、最初の自己紹介でそれを話したり、会話のなかでも語尾を事前に決めておいたものに揃えたりしましたね。インタビュー中は語り手の話に臨機応変に対応できるよう、スクリプト(台本)を用意するようなことはなかったですが、自己紹介や語尾だけはしっかり設定を守って話そうということを決めていました。
設定に関しては、私たちも楽しんでやっているところがありましたよね。
そうですね。だけど、自己紹介中に笑いをこらえてる子も……
いましたよね。猫になりきって「推し猫探し中です」とか、言ってるほうも恥ずかしくなってきたりして(笑)
話の内容を先取りしちゃうかもしれないですけど、アバターのなかに入って話していただくことで、お二人自身のキャラクターからちょっと外れていくっていう感じがあって。僕はちょっと引いたところで見ていたので、変な意味じゃなくて興味深くインタビューを見ていました。
アバターに憑依することで、聞き手のお二人の隠れていた部分が引き出されたという感じでしょうか。Mさんもインタビューをご覧になっていましたが、アバターのなかに入ったFさん・Tさんをどのように見ていましたか?
アバターをとおすと、今までのお二人とやっぱりちょっと雰囲気が違ったりして、私もそこは面白かったです。
たとえばどんな違いがあったのでしょう?
アバターによっても違いましたが、キャラクターを意識されているほうが、問いかけの仕方もやっぱりちょっとフレンドリーになったりとか。そのあたりは強く感じました。
人型のアバターと動物のキャラクターのアバターでも違ったり?
そうですね。キャラクター(動物)のほうが、より身近な存在として語りかけているのかなという感じがしました。
各アバターの設定資料
「声」にまつわる試行錯誤
ハード面では、どのような環境を準備されたのでしょう?
最初は、VTuber(バーチャルYouTuber)がしているように、ヘッドマウントディスプレイをかぶって没入できる環境でアバターをコントロールしながらインタビューしてもらうという方法も考えたんです。だけど、話を聞いていくうちに、いくつも資料を見ながら、パソコンの操作をして、さらにメモを取る必要もあるということが分かり、それで1時間インタビューするのは難しいだろうと。そこで、動きの内容は限られてしまうんですけど、ソフトを使ってテレビ会議用のカメラで撮影した映像でアバターの動きをコントロールするっていう方法をとりました。声に関しても、ボイスチェンジャーでキャラクターに合わせた高さに変えて、インタビューをおこなう聞き手にもその声が聞こえるようにしました。
宮田先生のおかげなんですが、セッティングが簡単にできて、限られた範囲ではあるとしてもジェスチャーを含めて伝えられるものになっていたのはよかったと思っています。
キャラクターごとの声の設定について、もうすこし教えていただけますか?
ボイスチェンジャーを使って、若く聞こえる声の調整とか、動物のキャラクターだったらちょっと幼いような声の調整っていうのをわりと意識してやりましたね。結局、準備で一番時間をかけたのは声の調整なんじゃないかと思います。
何回もテストをしましたね。特に聞き手が二人とも女性だったので、それを男の人の声にするのが難しくて。男の人が声を高くして女性キャラクターを演じるというのは、実際にあるよくあるけれど、その逆は少ないみたいで。私たちの声を低くしても、単に地声に近づくだけで、ボイスチェンジャーで変えているはずなのに結局自分の声に聞こえる、みたいな結果になっちゃって。
たしかに調整が難しかったですけど、声のおかげで意識が変わった面もあるかもしれません。ボイスチェンジャーをとおした声を自分でも聞きながらインタビューしたのですが、声はすごく重要だったと思います。
ただ、ボイスチェンジャーをとおすと回線が重くなるので、話すタイミングと実際に声が聞こえるタイミングでタイムラグが出てくるんですよね。インタビュー中にZoomが落ちたりすることもありましたし、そこは難しいところでした。
リアルタイムで処理しなくてはいけないものが増えていくと、どんどんパソコンの処理が遅くなっていくのですが、やっぱり自然な対話を実現するっていうことでいうと、細かいタイムラグでもけっこう無視できないという発見もありました。
今回の取組のリサーチ・設計段階で特に参考にした書籍
【中編】インタビュー本番のこと につづく