もしもインタビュー名人の姿を借りられたら……
インタビュー後に、語り手のみなさんにはアンケートで感想を書いてもらっていましたが、その結果をご覧になっていかがでしたか?
さっきFさんが話したとおり、アバターを使ったときとそうでないときで、思ったほど大きな変化はなかったんです。だけど、相手の顔が全部見えているほうが話しやすいと感じる子が多かったことは印象的でした。
このインタビューを実施したのは、新型コロナが5類に移行するすこし前でした。だから、語り手の中学生たちは、マスクをつけてコミュニケーションをとることが普通という生活を丸3年も続けていたんです。それにもかかわらず、お互いに顔を出してコミュニケーションをとったほうが、話しやすいというアンケート結果が出てきて。中学生を集めるのに協力していただいた方に、そういう傾向があったことをお伝えしたら、その方もすごく驚かれていました。
今回協力してくれた子たちは、基本的にみんなコミュニケーション能力が高めで、自分のことをちゃんとことばで伝えられる子たちでしたよね。アバターがあってもなくても、きちんと話をしてくれました。だからこそ、良くも悪くも、予想していなかった何かが起こるということがなく、普通にインタビューをできたというのが印象としては一番大きいです。
コミュニケーション能力が高い子たちが集まってくれたというのは、おっしゃるとおりだと思います。ただ、手前味噌ですけど、私たちも写話のインタビューをずっとしてきたので、子どもたちが話しやすいような聞き方を工夫して、すこし学んできているところもあって。その意味では、子どもの話を聞く機会がないような人が、アバターの姿を借りて聞き手になっても面白かったんじゃないか、と思いました。
アバターの有無でインタビューがどう変化するかという話のなかで、子どもと接する職業でない人がやったらどうなるだろう?とか、中学生が心理的に距離を感じそうな見た目の人、たとえば強面(こわもて)の大人がインタビューをしたら?って話もしましたよね。
それも試したら面白そうですね。たとえば名司会者とかテレビ局のアナウンサーとか、いかにもインタビューの名人という人のアバターを使うと、慣れていない人でもなぜかスムーズにインタビューできてしまう、みたいなことが起こるかもしれません。
これはちゃんと検証する必要があることですけど、アバターを使うことで、ユーザー自身の心理や行動が変化するのではないかという説があります。たとえば、屈強なアバターを使っている人は、ゲーム内でも普段より強気な行動をとることが多くなる、というようなことなんですが、ギリシャ神話のなんにでも変身できる神様の名前をとって「プロテウス効果」と呼ばれています。
研究的な関心でいえば、普段から使い慣れているアバターがあったり、TPOに合わせてお気に入りの何種類かのアバターを使い分けたりしている人もいるので、そういう人たちがインタビューをしたらどうなるかというのも気になります。そういう人たちのほうが、より強くプロテウス効果が反映されるかもしれませんね。
※イメージ(遠い属性をもつ人同士のコミュニケーションをアバターが変えるかもしれない)
聞き手が変わることで起こる変化、
空間が変わることで起こる変化
今回の取組をふまえて、今後トライしてみたいことはありますか?
今回は、インタビューを受ける語り手の側の準備の負担を考えて、聞き手だけがアバターを使うという方法をとりました。ただ、顔を出さないほうが本音を語りやすくなるだろうと考えれば、語り手側がアバターを使うというやり方も、今後もしかしたらあるかもしれないと思いました。
一方で、自分たちがやってみた実感として、やっぱりアバターを使うことで聞き手の意識は変わったし、それにも意味があるように感じました。聞き手自身が変わることで、もっと上手く質問できるようになるかもしれませんし、相手の話をもっとよく聞こうとするようになるかもしれません。あるいは、もっと相手と親しくなって、いろいろな話を引き出すことができるようになるかもしれません。そういう可能性が、アバターを使うことで広がりそうだと感じました。
今の可能性という話でいえば、実際の性別や年齢にとらわれずによくなるなら、インタビューがもっとやりやすくなるかもしれないと思いました。たとえば、「クラスにいそうだから一番話しやすそう」という理由で、お兄さん的な雰囲気の若い男性型のアバター「ヒロシ」を聞き手に選んだ子がいました。自分に近い人のほうが自己開示しやすいということであれば、見た目も声もわかりやすく語り手のほうに寄せていけばいいかもしれません。どんな人でも相手にあわせて自分とは違う属性になれるということは、とても可能性があることだと感じました。
まずはできる範囲でやってみたものなので、今回の取組だけで何かを言えるわけではないんですけど、これがなんらかの形で次につながるステップになればと思います。どんなことでも新しい何かを体験することって、最初は新鮮だし、刺激が強いですよね。でも、それが繰り返されたときに、同じような効果が続くかどうかは分からないわけで。アバターについて言われている効果も、VRとかメタバースとか呼ばれているものが日常になったときに、本当にそうなのかどうかっていうことがこれからどんどん分かってくると思います。
あとはアウトリーチじゃないですけど、子どもたちが日常的にやっているゲームのワールド(VR空間)に僕らのほうから出かけていって、そこでインタビューをするみたいなことができたら面白いですよね。そのワールド内を一緒に歩きながらインタビューしたら、きっとまた違った話ができると思います。
それが実現できたら、とても面白そうです。
VRには、アバターという要素だけでなく、ワールドという要素があって、ワールドが変われば、また聞ける話も変わってくることもあります。今回のプロジェクトでFさん・Tさんに最初に体験してもらったワールド(※前編参照)は、実はバーチャルでカウンセリングをおこなう空間として作ったものだったんですけど、カウンセラーさんに協力してもらってご自身のクライアントさんに対してそのなかでカウンセリングをおこなってもらったことがあって。最初は、部屋のなかで向かい合って話していたんですけど、「ちょっと外に行きますか?」とか言って、山に登って見晴らしのよい景色を見たりとかするうちに、話す内容も前向きになっていったというんです。再現性があるかは検証できていないんですけど、ワールドによる変化も今後トライしていけたら、さらにVRインタビューは面白くなるのではないかと思います。
※イメージ(ワールドが変わればコミュニケーションの質や内容も変わる)
ハラスメントと自分ごと化
アバターを使うことの良い点や可能性の話が続きましたが、逆に気をつける必要がある点についても知りたいです。
アバターを作るとかアバターを選ぶというのは、楽しかったりポジティブな効果を得られたりすることもある反面、そこには現実のしがらみが反映されてしまう可能性もあります。たとえば、思春期の男子で本当は女性のキャラクターと話してみたいと思っていたとして、その選択をしたら誰かに何か言われるかもしれないと思って尻込みしてしまうとか。
また、先ほどのプロテウス効果に関係する話ですが、先入観やステレオタイプを強化してしまうリスクもあります。ある実験で、フォーマルな格好をした白い肌のアバターを使ったときと比べて、カジュアルな服装をした黒い肌のアバターを使ったときのほうが、大きくリズミカルにドラミング(ドラムを叩くこと)するというものがあります。使用するアバターの外見によって行動が変化しているのですが、「こういう外見の人はこういう特性を示すはず」という、被験者が持っている先入観がフィードバックされている可能性があります。
つまり、アバターによって先入観やステレオタイプが強化されていくことで、ダイバーシティとは逆方向に社会をドライブしてしまうリスクも考えられるのです。使い方次第だとは思うんですけど、テクノロジーを社会実装していく際には、手放しでポジティブな効果だけを見るのではなく、リスク面も忘れないようにする必要があると思っています。
VR空間で起こるハラスメント、いわゆる「メタハラ(メタバース・ハラスメント)」というものがあるということも聞きました。
アバターを使ったVR空間でのコミュニケーションも、今はそこに参加している人が限られているので、すごく強度が強いというか、熱量の高いコミュニティがあって、すごく面白いものになっています。ただ、そこに問題がないわけではありません。実際、アバターに対するハラスメントというのもいろいろと問題になっていて。
男性でもVR空間では女性になれるというのも、アバターならではの面白い部分ですが、女性型のアバターを使うことでセクハラの被害を受けたという調査結果もあります。また、ユーザーが増えるということは、いろいろな人が入ってくるということでもあり、それによって新たな問題も起きてくるのだろうと思います。
それって、アバターで女性になった男性がセクハラを受けたりもするわけですよね。
そうです。
セクハラに無自覚な人たちには、むしろ体験してほしいです。
たとえば、若い女性が男性型のアバターになって、自分がされて嫌なことを上司の男性に体験として伝えるとか。
たしかに。体験することで、はじめて気づくことができるという考え方もできますね。こんなに気持ち悪いのかって。平坦な道ではないけれど、本当にお互いのことを思いやれるようなきっかけになる可能性もありそうですね。
概念として想像するんじゃなくて、実際の出来事として体験するっていうところがポイントですよね。自分がその立場になるという。
そうですね。VRをソーシャルグッドやウェルビーイングと結びつけて研究している人たちがアメリカの西海岸とかにいて。そういう研究をみると、VRのコミュニケーションを使うことで、より自分ごととして捉えられるようになるという大きな仮説があって。VRであれば、能動的に関わることができるので、受動的に見る映像などと比べて自分ごとにしやすくなると言われているんです。
※イメージ(アバターやVRが広げる他者理解の可能性)
継承してきた文化の延長線上で、
新しいテクノロジーを考える
VRなどのテクノロジーは、私たちの生活をどのように変えていくのでしょう?
VRだけじゃなくて、AR(Augmented Reality:拡張現実)とかMR(Mixed Reality:複合現実)という研究もすごくされていて。すぐに一般に普及することはないと思いますが、VRゴーグルを使ってわざわざVR空間に行かなくても、メガネ型のデバイスを操作したら目の前の光景が変化するということも技術的には可能になってきています。メガネを操作してモードを切り替えたら、目の前のムスッとした上司が、仏様のようにおだやかな姿になる、なんてこともあり得るかもしれません。
自分の目の前の世界の見え方であったり、コミュニケーションのあり方だったりが大きく変化しようとしているわけですね。今後、テクノロジーに関する研究はどんどん進んでいくでしょうし、社会にもその成果が浸透していくと思います。そして、現在ではスマートフォンなしの生活が考えづらくなっているように、新しいテクノロジーが私たちの生活そのものを変えていくのでしょう。そんなテクノロジーによる変化のなかで、私たちはどういうことを意識しておくとよいでしょう?
アバターに関していえば、新しいテクノロジーではあるんですけど、本質的には人間が文化としてずっと継承してきたものの延長線上のものでもあるんです。たとえば、お化粧をするとか、気合を入れるときにお気に入りの服を着るとか、そういうことで自分のモードを切り替えることってあると思うんです。見た目を変化させることで、心理的にも影響を受けたり、何か別の存在になったりということを、人間は古くからおこなってきました。そういう文化とか伝統の上に、デジタル技術というレイヤーがひとつ加わったくらいの感覚でとらえてもらうといいんじゃないかと思います。
デジタル技術だからということで、妙にありがたがったりとか、すごく恐れたりとかするのではなく、それまでの自分の生活と結びつけて考えてみることが大事だと思っていて。まずは取り入れられそうな部分を試してみたりとか、逆にどっぷり浸かりすぎていたらすこし距離を置いて見てみたりとか、その人に合ったVRアバターとのかかわり方やり方を自由に探ってみてもらえたらうれしいですね。
※イメージ(VRゴーグルと学生)
アバターと心理的影響について、もっと学ぶための関連記事
1)プロテウス効果
服装や肌の色の異なるVRアバターが行動を変える「プロテウス効果」については、以下のサイトに掲載されている動画が分かりやすいです。(最終検索日:2023年11月13日)
東大院生・若手教員によるミニレクチャプログラム 第14回 外見が行動や心を変える!?:VRアバタによるプロテウス効果 (東大TV)
https://tv.he.u-tokyo.ac.jp/lecture_5365/
2)VRアバターの外見による行動や心理への影響と倫理的課題
VRアバターの外見による行動や心理への影響の倫理面については、以下の記事でされている議論が参考になります。(最終検索日:2023年11月13日)
【前編】 アバターが持つさまざまな顔を知っているか? 工学・人文学から見るVRアバター研究最前線(東大新聞オンライン)
https://www.todaishimbun.org/avatar_part1_230516/