特別対談【前編】 デジタル技術×教育について 「マイクラ」全国大会のディレクターと入賞チームの中学教諭に聞いた話

ソフトの累計販売本数は3億本以上、月間アクティブユーザーは1億6千万人を超える(※2023年11月時点)など、世界でもっとも親しまれているデジタルコンテンツのひとつである「マインクラフト(通称、マイクラ)」。プログラミングや協働学習などの教材として使えるようにした「教育版マインクラフト」は、世界各国の学校教育の現場でも活用されています。

私たちがおこなっている写話インタビューのなかでも、「マインクラフト」やプログラミングが話題になることがたびたびあります。そこで今回は、「教育版マインクラフト」を使った作品が集まる全国大会「Minecraftカップ」にゆかりのあるお二人にお話をうかがうことにしました。

お一人は、運営委員会事務局のディレクターとしてMinecraftカップの大会運営に携わる土井隆さん。もうお一人は、第4回となるMinecraftカップ2022全国大会で学校賞を受賞した津別中学校(北海道)のチームを支えた特別支援教諭・門馬祐策さん。

異なる立場のお二人に、「マインクラフト」を通じて見えるデジタル技術と教育の関わりについて語っていただきました。全3回の連載形式でお届けします。

プロフィール

土井 隆(どい・たかし)

土井 隆(どい・たかし)

Minecraftカップ運営委員会事務局 ディレクター
Minecraftカップの大会運営の一環として、全国各地で「マインクラフト」を使ったワークショップを開催するなど、デジタルものづくりの普及に取り組んでいる。

門馬 祐策(もんま・ゆうさく)

門馬 祐策(もんま・ゆうさく)

津別町立津別中学校(北海道)特別支援教諭
2020年から特別支援級の取組みとして「教育版マインクラフト」を使った活動を開始。Minecraftカップ2022全国大会では、津別中学校チームが学校賞を受賞。

Minecraftカップhttps://minecraftcup.com/

「マインクラフト」とデジタル教育

お二人をつなぐ共通項であるMinecraftカップについて教えていただけますか?

土井

Minecraftカップは、「教育版マインクラフト」で作られた作品を日本全国から募集して、その内容を競い合う大会です。小学生から高校生までを対象に、2019年から毎年開催しています。

「マイクラを広げるための大会なの?」とよく聞かれますが、Minecraftカップがやりたいのは、デジタルものづくり教育を普及することです。私たちは普段の仕事でも、デジタルツールを使って、コミュニケーションや協働作業をするし、何かを作ったりしています。

だけど、デジタル教育に関しては、地域や環境による格差がとても大きいのが現状です。2020年に小学校でのプログラミング教育が必修化されましたが、子どもたちがプログラミングに接する機会はまだ限定的です。

そこで僕たちは、プログラミング教育やデジタルなものづくりにふれられる機会を、すべての子どもたちへ届けることを目的に、Minecraftカップの大会運営とデジタルものづくり教育を広げるためのコミュニティづくりに取り組んでいます。

なぜ「マインクラフト」は、デジタルものづくり教育に適しているのでしょう?

土井

「マインクラフト」は、サンドボックス(箱庭)ゲームといわれ、明確なゴールがあるわけではなく、砂場遊びのようなイメージで自分の作りたいものを作り上げていくゲームです。パソコン版やスマホ版、家庭用ゲーム機版など、さまざまな種類がありますが、なかでも「教育版マインクラフト」には、想像力・協働性・問題解決能力・探究心・プログラミング的思考といった能力が身につくなど、高い教育効果があるとされています。

一方、子どもたちにとっては、「マイクラ=楽しいゲーム」です。「マインクラフト」の世界はブロックで構成されていますが、子どもたちはブロックの組み合わせでオリジナルの世界を構築するという遊びをとおして、楽しみながら科学やプログラミングの知識を学んでいくことができます。

「マインクラフト」でつくられたMinecraftカップ全国大会会場 © Minecraftカップ運営委員会

「マインクラフト」でつくられたMinecraftカップ全国大会会場 © Minecraftカップ運営委員会

きっかけはマイクラ好きな一人の生徒

多くの子どもたちがNintendo Switchで「マインクラフト」を遊んでいますが、それと「教育版マインクラフト」はどのように違うのでしょう?

土井

基本的には同じものですが、教育版には学校教育の現場で使うのに適した特徴があります。教育版の「Classroom Mode」を使うと、大人が子どもたちの学習支援をしたり、TNT爆弾を使った悪ふざけなどを制御したりすることができます。また、「元素ブロック」というものがあって、ワールド(VR空間)内で科学実験のようなことができますし、「コードビルダー」といわれるプログラミング環境もあります。

門馬

PowerPointやWord、Excelなどと同様、Microsoft「Office 365」のアプリケーションのひとつとして「教育版マインクラフト」を使うことができるのも大きいです。せっかく学校で「Office 365」を使っているなら、「教育版マインクラフト」を使わない手はないなと思って活用しています。

津別中学校では、どのような経緯で「マインクラフト」を活用するようになったのでしょうか?

門馬

2020年にさかのぼるんですけど、僕がこの学校に赴任して初めて受けもった生徒のなかに「マインクラフト」が大好きな子がいたんです。本当に物静かな子で、質問にも「はい」か「いいえ」くらいしか答えてくれなくて。ところが「マインクラフト」の話になったときに、その子がうわーって話しはじめたんです。

「教育版マインクラフト」とMinecraftカップのことを知ったのもちょうどその頃で。「学校の授業のなかでマイクラできるなら、やってみたい?」ってその子に聞いたら、「やりたい」って言ってくれて。そこからこの子のためにどうにか「マインクラフト」を導入できないかと、いろいろな模索がはじまりました。

一般的に遊びのイメージが強い「マインクラフト」を学校教育のなかに取り入れるのは、ハードルが高そうな印象があります。そのあたりはいかがだったのでしょう?

門馬

実際に取組みをはじめるにあたって、文部科学省のGIGAスクール構想で一人1台タブレットが配布されるようになったことも追い風となりました。1年目は準備期間ということでタブレットはまだ使えなかったのですが、僕のパソコンを学校に持ってきて、僕とその生徒の二人で授業のなかで教育版のアカウントをプレイすることから実験的にはじめました。

「マインクラフト」が生んだ、はじめての成功体験

取組みをはじめられた当初は、どのような感じだったのでしょう?

門馬

その子は特別支援級の子だったんですけど、あまり人から褒められた経験がなかったんですね。「僕なんか……」って思ってしまうような子だったんですが、マイクラをやらせてみたら、すごいお城とかをつくっちゃうんですよ。プログラミングに関しても、「先生、レッドストーンをこうやったらこう動くよ」なんて教えてくれたりして。

2年目には各生徒のタブレットが使えるようになったので、Minecraftカップ出場をめざして本格的に取組みをはじめました。そうしたら、地区大会を勝ち抜いていきなり全国大会に出場してしまって。本人もすごく嬉しそうでしたね。全国大会に出られたこともすごいんですけど、それ以上にまわりに自分の話を聞いてくれたり、褒めてくれたりする大人がいると思えるようになったことがすごい成長だと思っていて。

大好きな「マインクラフト」が成功体験をもたらしてくれたんですね。

門馬

教師になったときから決めていることですが、僕の教育活動のど真ん中には子どもがいるんです。その子の特性に応じた好きなことを中心に、その子の力をどうやって伸ばしていけるかということを考えるようにしています。

いまお話した子の場合は、たまたまそれが「マインクラフト」だったんです。他の生徒で絵が好きっていう子には、スタイラスペンを渡して、その子がやったことのない絵の描き方を教えてみたりとか、そういうことを授業のなかで実際にやっています。

「教える」と「教わる」の関係が変わる

門馬先生ご自身は、もともと「マインクラフト」をやられていたのでしょうか?

門馬

実はまったくやったことがなかったんです。存在はもちろん、ブロックが組み合わさって何かできるっていう、おおまかな概要も知ってはいました。ただ、他のゲームと違って「マインクラフト」ってチュートリアルもないし、一人ではじめると何をしたらいいのか分からないんです。だから、さっきお話した子に、どうしたらいいかぜんぶ教えてもらいました。

「マインクラフト」に関しては、教師と生徒が逆の立場ですよね。その子からしても、それまで人に教えた経験はなかったんです。自信もないし、控えめな子だから、ずっと受身だったけれど、僕に教えるっていう経験をとおして成功体験を積み上げることができたし、表情もすごく明るくなりましたね。

土井

知らないことに挑戦できる先生っていうのは多くないんじゃないでしょうか。そこに「マインクラフト」が学校教育の現場でなかなか普及しない要因のひとつがあるのかもしれません。先生がぜんぶ分かっていないと授業で扱えないっていう考えがあるように思います。

門馬

これは僕の主観も入っているかもしれないですけど、半学半教みたいなことが重要だと思うんです。子どもたちのほうが詳しいなら、「マインクラフト」のことは子どもから教わればいいし、代わりに大人のほうは「マインクラフト」を使って何かを表現するための道筋を教えるみたいな、そういう互いに教え合うような関係を作ることが大事なのかなと。

土井

ワークショップなどで全国をまわっていると、大人のみなさんから「教えるためには詳しくないといけないから、マイクラ教えてください」とよく言われるんです。だけど、そういうときは「子どもに聞いてみてください」「子どもと一緒に遊んでみてください」「子どもたちのほうが僕より知っています」と答えています。

門馬

教育現場だと、やっぱり教える立場=教員みたいな固定概念があると思うんですよね。いいのか悪いのか分からないですけど、僕にはそれがないんです。分からなかったら、分かっている人に聞きにいけばいいし、教えてくれるなら子どもからも教えてもらう。そういうスタンスなんですよね。

好きなことだから力を伸ばしていけるわけですし、人に教えることで身につくことがあると思うんです。だから、その子が好きなことを見つけて、誰かの先生になる機会をつくっていくという役目がきっと教員の大事な仕事なんじゃないかと考えています。

(中編につづく)

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