特別対談【後編】 デジタル技術×教育について 「マイクラ」全国大会のディレクターと入賞チームの中学教諭に聞いた話

ソフトの累計販売本数は3億本以上、月間アクティブユーザーは1億6千万人を超える(※2023年11月時点)など、世界でもっとも親しまれているデジタルコンテンツのひとつである「マインクラフト(通称、マイクラ)」。プログラミングや協働学習などの教材として使えるようにした「教育版マインクラフト」は、世界各国の学校教育の現場でも活用されています。

私たちがおこなっている写話インタビューのなかでも、「マインクラフト」やプログラミングが話題になることがたびたびあります。そこで今回は、「教育版マインクラフト」を使った作品が集まる全国大会「Minecraftカップ」にゆかりのあるお二人にお話をうかがうことにしました。

お一人は、運営委員会事務局のディレクターとしてMinecraftカップの大会運営に携わる土井隆さん。もうお一人は、第4回となるMinecraftカップ2022全国大会で学校賞を受賞した津別中学校(北海道)のチームを支えた特別支援教諭・門馬祐策さん。

異なる立場のお二人に、「マインクラフト」を通じて見えるデジタル技術と教育の関わりについて語っていただきました。全3回の連載形式でお届けします。

相手の特性にあわせて伝える手段を変える

ここまでのお話のなかにも、その子が好きなことを生かした教材選びであったり、日頃の信頼関係構築であったり、生徒のみなさんとの関わり方で大切にされているポイントがいくつか出てきましたが、その他に生徒のみなさんとのコミュニケーションで門馬先生が普段から意識されていることはありますか?

門馬

たとえば特別支援の例でいうと、これまで自分で決める経験をあまりしてこなかった、特性として自分で決めるのが苦手という子がいます。その背景には、決断した先が見えないということへの不安もあって。そういうときは、その子の特性にあわせて、その先が分かるようにしていきます。

たとえば視覚優位で、イラストや写真で見たほうが言葉よりも理解しやすいっていう子であれば、「AとBのどっちがいい?」と聞くときに、こっちを選んだ場合はこうなるというイメージを写真で示して、具体的に道筋を想像できるような関わり方をします。聴覚優位で、音で聞いたほうが理解しやすいのであれば、ロジカルに順序立てて話をしますし、指で文章の文字を追いながら説明をしたりもします。写真でも文字でも音でも難しいという場合は、ロールプレイを用いて実際に軽く体験したうえで「どっちがいい?」と投げかけます。

その子の特性にあった伝え方は、どうやって探っていくのでしょう?

門馬

僕は冗談とか言いながら懐に入っていくのがけっこう得意だと思うんですけど、そうやって仲良くなってしまえば、その子と関わっているうちに気づくんですよ。もっというと、どの方法が伝わりやすいか、関わりのなかでそれとなくテストをしていくんです。その結果をもとに、その子に合わせてチューニングしていくという感じですね。

土井

なるほど。これは仕事や組織のマネジメントにも適用できそうな考え方ですね。何かを伝えるときにロジックで詰めてしまいがちだけれど、それでうまくいかないという場面がたくさんあると思うんです。なぜロジックで詰めてしまうかというと、そういう方法しか知らないからじゃないでしょうか。その人の特性を知ったうえで、向き合い方や伝え方を考えればいいんだなと、門馬先生のお話を聞いていて思いました。

門馬

そうですね。特別支援って、勉強するとすごく汎用性があると思うんです。

その人の特性にあわせてコミュニケーション方法を変えるというのは、特別支援を学ぶことで身についた視点なのでしょうか?

門馬

はっきり分からないですけど、人が好きということが関係している気がします。人としゃべるのも大好きだし、この人ってどんな人なんだろう?と見るのも好きなんです。僕自身のそういう特性と特別支援教育っていうのが、たまたまハマったということなんだと思います。

特性にあわせたツールを使うことが当たり前になったら、
どれだけ救われる子がいるんだろう

それぞれの特性にあわせたコミュニケーション方法のお話をデジタル技術とつなげて考えてみたいのですが、Minecraftカップの活動でイマーシブリーダーやテキストチャットを活用されているという話がありました。日常的な学校生活においても、デジタルツールを使うことで、理解や意思疎通がしやすくなる場面があるのではないでしょうか?

門馬

そうですね。イマーシブリーダーはテキストを読み上げてくれる機能なので、文字を読むことが苦手な特性の子でも、文章を写真でパシャっと撮影すれば、内容を理解することができます。これは言い換えれば、その子にとっての生きていく術がひとつ増えるということです。

また、文字を書くことが苦手な特性の子にとっては、学校でよく書く作文も苦痛で仕方ないんです。たとえば、運動会の作文を書くという課題に対して、1時間で原稿用紙に50文字を書くのがやっとだった子が、音声入力を使うと2時間で900文字以上の作文を書いてしまったということがありました。それを見て、これだなと思ったんです。そのあと担当の先生のところへ行って、「これからはパソコンやタブレットで書かせてもらえませんか?」とお願いしました。

いまの話って裏を返せば、表現すべきものを自分の内側に持っていた生徒たちが、ツールがなかったばかりに、それを表現できなかったり、考えていないことにされたりしていた可能性が高いということですよね。「通例だから」「みんなが同じ方法でやっているから」という考えによって潰されてしまう可能性がたくさんあるということに、この事例が気づかせてくれました。

それはすごい話ですね。ちなみに、音声入力を使ったときの生徒さんの反応はどういうものでした?

門馬

目の前でその子から「めちゃくちゃ楽ですね」「これで救われました」って言われたんです。「手で書くのはどうだった?」と聞いたら、本人は「地獄ですよ」と。僕はそれが嬉しくて。教師をやっていてよかったなと思った瞬間のひとつですね。

作文の場合でいえば、大事なのは経験や考えを文章にすることであって、手で文字を書くことではないですよね。うちの学校のなかにも、マイクに向かって話しかけたほうが作文を書ける子が他にもいるかもしれないですし、自分の特性にあわせたツールを使うことが日本全体で当たり前になったらどれだけ救われる子がいるんだろうと考えてしまいます。

大人世代のマインドセットを変える

デジタル技術は、仕事をするうえでもなくてはならないものであり、今後さらにその必要性は高まっていく。また、デジタルツールを活用することは、相互理解を促進する可能性があるし、これまで見落とされていた人たちの声や能力に光を当てることにつながる。これまでのお話をざっくりまとめると、こういうことが言えるように思います。そのうえでうかがいたいのですが、Minecraftカップのようなデジタル教育の活動が広がっていくうえで、どういうことがボトルネックとなっているのでしょうか?

土井

デジタル教育をすることに、どれだけの価値があるのか、どういう魅力があるのか、そういうことを大人たちに伝える必要があると思っています。Minecraftカップでいえば、「マインクラフト」はゲームだけど勉強にも使えるということを、子どもたちは体験をしているからすぐに理解できるんです。だけど、大人たちは体験をしていないから「ただのゲーム」としか考えられない。本当はみんなが体験をしてくれたらいいんですけど、その壁を超えるのはなかなか大変で。だからこそ、いまはアカデミックな手法を使ってその価値を調査研究したり、事例をきちんと積み上げたりしていくことが大事だと考えています。

たとえば、2025年度から大学入学共通テストに「情報Ⅰ」という教科が新設され、国立のほとんどの大学が必須教科にすると公表しています。その話をしたうえで、「マインクラフト」のレッドストーン回路が分かっていれば、大学入試の問題が小学生でも解けると伝えると、保護者の方の目の色が変わるんですよね。

分かりやすいメリットが見えると、たしかに変化が起こりやすそうですね。

土井

あとは、僕たち大人の考え方が変わる必要もあると思っています。先ほども少し話しましたが、「マインクラフト」のワークショップを各地で開催しているんですけど、主催団体の方などから「ワークショップやってください」「また教えに来てください」と言われるんです。それ自体はありがたいんですけど、誰か権威がある人から教えてもらうという構造から、自分たちで試行錯誤しながら学んでいこうという姿勢に変化していかないと、本当の意味では定着しないと考えていて。そういう気づきも与えられるようにならないといけないなと思っています。

僕たち大人世代の多くの人のなかには、「教える人」と「教わる人」がいて、一方向的に「教えてもらうこと」が当たり前というマインドセットができあがってしまっていると思うんです。そして、その「教える」と「教わる」の関係を、ただ再生産してしまっている。そういうループ構造をすごく自然な形で打破しているのが門馬先生だと思います。

門馬

僕自身も何が正解なのか手探りでやっています。ただ、いろいろなルールにがんじがらめになっているよりも、今日の話のようなことをしたほうが自分自身もテンションが上がるので、できるだけそういうほうを選ぶようにしていますね。

土井

これだけ一人ひとりの生徒と向かい合えているっていうのは、本当にすごいことですよね。

クリエイティブにものづくりできることが当たり前な世界

土井

Minecraftカップの話につなげると、作品を応募してくれるのは必ずしもレベルの高い作品をつくっている子ばかりではありません。技術力よりも、身の回りに「作品を出してみない?」と背中を押してくれる大人がいることのほうが、作品応募をするにあたっては重要な要素になっているように思います。そして、あるチームが応募した作品のレベルが相対的に低かったとしても、それはそれで良いと考えています。

僕はMinecraftカップを高校野球の甲子園みたいにしたいとよく言っています。甲子園をめざす人はたくさんいるけれど、およそ半分のチームは地元の予選大会1回戦で負けるわけですよね。だけど、そこに至る過程で学ぶことはすごく多いと思うんです。1回戦で負けたからといって、野球をやることやチームで何かをすることに意味がないわけではない。

Minecraftカップも、いろいろな子がデジタルものづくりにふれたり、普段やっている「マインクラフト」がいろいろなことにつながる可能性があるということを感じたりできる場になればいいと思っています。そのために、地域に背中を押してくれる大人のサポーターを増やしたり、子どもたちが憧れられるクリエイターを全国大会で表彰したりしているんです。

門馬

中学校でもExcelとかWordとかPowerPointとかを使うんですけど、「マインクラフト」は使わないんですよね。だけどMinecraftカップの作品をみると、こういう思いや意図でこういう作品をつくりましたって一種のプレゼンテーションになっている。「マインクラフト」がPowerPointに置き換わるというわけではないけれど、何かそれくらいのポテンシャルがあると思っていますし、学校教育でももっと使われたらいいと思います。それこそ、鉛筆やノートと同じ並びで、デジタルなものをとらえたほうがよいのではないでしょうか。

土井

デジタルなツールを使うことで、みんながクリエイティブにものづくりできることが当たり前な世界ができると思うんです。国連ハビタットが取り組んでいる「Block by Block」などの海外事例をみると、「マインクラフト」を使って子どもたちが発想・表現したものが、実際に社会実装され、地域の景色を変えてくようなことも起こっています。

地域づくりとの組み合わせはひとつの例ですが、デジタルものづくり教育には若い世代の社会参画も含めてさまざまな可能性があると考えています。大人たちの意識も変えながら、子どもたちがデジタルなものづくりにふれる機会をもっともっと増やしていきたいです。

Minecraftカップ2022全国大会 学校賞受賞作品
津別中学校特別支援「津別でかんがえてみた」プレゼンテーション動画

PICK UP