デンマークから見る日本の子どもと教育
~前編~
文化翻訳家・ニールセン北村朋子さんに聞く

「こども定点2025」の調査結果をもとに、研究員が注目したキーワードから数字の奥に見える子どもたちの今を深掘りします。今回のテーマは「デンマークから見る日本の子どもと教育」(前編)です。お話をうかがったのは、近著『経済力も幸福度も高くなるデンマークのすごい教育』(青春出版社)が話題を呼ぶニールセン北村朋子さん。前編では、教育・福祉大国としても知られる北欧の国・デンマークの子どもたちや教育の様子についてお話をうかがいました。
人生の豊かさを追求するデンマーク
まずは、デンマークの文化や日常の習慣についてうかがいたいと思います。日本とは社会のあり方や暮らし方にもさまざまな違いがあると思いますが、実際にデンマークで生活するようになって、日本との違いで驚いたことはありましたか。
そうですね、一番驚いたのは、デンマークの人は時計をほとんど見ないということです。私は、東京で生活していたころは映像翻訳家をしていたので、時間になったらどこどこのスタジオに行って、翻訳し終わったら次は電車で移動して……と時間に追われる生活でした。
でも、デンマークに行ったらみんな時計を見ないし、時計をしている人もいない。日が暮れてきたらそろそろ夕ごはんの支度……というように、時計ではなく太陽の動きに合わせて暮らしている感覚で、それは東京暮らしをしていた私にとってはすごく衝撃的なことでした。
あと、彼らは本当におしゃべりが好き。どんな人と話しても枯れないほど話題が出てくるので、本当にびっくりします。
議論好きというわけではなくて、純粋に自分が興味のあることを話しているのですか?
とにかくいろんなことに好奇心があるので、話したいことがたくさんあるのだと思います。内容も多岐にわたっていて、最近あった身近な話から政治、経済、宗教、スポーツ、本や映画、子どもの学校のことまで、本当に話題が尽きません。
日本だと、この話題はよく知らないから……と話すのを遠慮してしまいますが、デンマーク人にはそういう遠慮がないんです。知り合い同士だけではなく、公共交通機関でたまたま隣り合った人同士でも普通に会話が始まるので、本当にびっくりします。
そういった人との距離感やコミュニケーションは、どんな文化や価値観が下支えしているのでしょうか。
デンマークの人たちにとっては、コミュニケーションを楽しむことが豊かな人生と直結している、という考えが強くあると思います。人だけではなく、自然や動物とのかかわりも含めて、さまざまなコミュニケーションを持つこと自体が、人生の豊かさや面白さにつながると考えているのでしょうね。
また、どこか禅的な感覚を持っているようにも感じます。諸行無常というか、同じ時間や同じ日というものはなく、人間も自然の一部だという意識です。北欧神話の世界観も大切にされていて、トロールという森の妖精の話なども身近です。自然の力に対する畏敬の念があるところは、日本の感覚にも通じるものがあると感じています。

デンマークの家族、ふだんの過ごし方
子どもを取り巻く環境や家族関係についてもうかがいたいです。デンマークでは、家族構成としては核家族と多世代同居ではどちらが多いですか?
圧倒的に核家族が多いです。そして、ほとんどが共働きです。ただ、核家族といっても日本でイメージされるものとは少し違います。
離婚率が約40%と高く、離婚後も共同親権をもつことが原則なので、子どもたちは親の離婚後も両親それぞれの家を行き来しながら生活することが一般的です。また、親の再婚によってボーナスファミリーができることも普通のことです。
そもそもデンマークでは、夫婦関係が完全に壊れてしまう前に別れるという考え方が一般的です。お互いを嫌い合うまで一緒にいるより、それぞれがきちんと尊重し合える関係でいるほうが、子どもにとっても健全だと考えているのだと思います。
兄弟・姉妹の数はどうでしょうか。
私のまわりだと子どもが2〜3人いる家庭が多いように思います。統計を見ても、2021年1月1日時点でデンマークには278万7,784人の親がいて、その半数強が「2人の子ども」を持つ親でした。そして、21%が「1人」または「3人」の子どもを持つ親で、5%が「4人」の子どもを持つ親となっています。
立ち止まることを受け入れる
デンマークの教育制度についても教えてください。ご著書にもありましたが、デンマークでは義務教育後も一直線に上がるのではなく、ちょっと立ち止まって自分の進路を考えたり試したりできる環境があることが特徴的です。
デンマークでは、義務教育であるフォルケスコーレの9年生(日本の中学3年生に相当)を終えたあと、一般的な後期中等教育(一般総合高校など)に入学する前に、希望すれば併設の10年生に進むことができます。進路に不安があったり、必修科目をもう少し復習したいと思った場合、そこでもう1年学ぶことができる仕組みです。
また、これまでとは違う新しい環境で、自分の興味を追求しながら今後の進路を決めたいという場合は、エフタスコーレという選択肢もあります。こちらは全寮制のプライベートスクールなので少し費用がかかります。
どちらも、都市部ではなく自然豊かな郊外や田舎にあるので、じっくり自分に向き合うことができる環境なのも特徴的です。
高校卒業後も、大学などへストレートに進学する人はかなり少ないそうですね。
高校を卒業しても、すぐに大学や専門教育機関に進学しない人のほうが大多数です。1年以上のギャップイヤーをとる人は86%にのぼります。私の息子も、環境を変えて進学を考えたいということで、エフタスコーレに1年通いました。
日本の場合、就職していない時期とか、浪人することに対してネガティブな印象がありますよね。そもそも「浪人」という言葉が良くないと思うんです。自分の意思で、自分軸で生きる時間を持つことは、勇気のある良い決断のはずなのに。
また、デンマークでは、スコアで学校や就職先を比較するような、ランキングというものは存在しません。学校の成績やスコアの公表もないので、自分がやりたいことを軸に進路や進学を選択することがほとんどです。
日本では、偏差値で受験先を決めることが一般的ですよね。
全国テストなどの結果は公表されます。でも、それはこの地区の子どもたちの学力が全体のなかでどのくらいなのかを見るためのデータです。国の教育レベルが保たれているかを確認するためのもので、子どもの学力についての話ではありません。 そういう考え方なので、大学や就職先も、偏差値や序列で選ぶという発想はありません。自分がやりたいこと、好きなことがあるからそこに行くだけのことです。それが全ての人の正解ではなく、ましてやそこに優劣もないはず。それを良いとか悪いとかでジャッジするのはナンセンス、という考えです。

出典:デンマーク「子ども・教育省(Børne- og Undervisningsministeriet)」のウェブサイト、およびニールセン北村朋子『経済力も幸福度も高くなるデンマークのすごい教育』(青春出版社)p.36-37の図表をもとに作成
日常で育まれる人権意識
ディスレクシアなどの障がいのある子どもへの対応をはじめ、子どもを学校のシステムに合わせさせるのではなく、学校側のシステムを子どもの特性に合わせていくことも、デンマークの学校教育の特徴だと感じました。
デンマークの学校ではフォルケスコーレの3年生の終わり頃に、学校長の判断のもとで読み書きに困難があるディスレクシアかどうかを判定するテストを受けます。ディスレクシアと判定された場合は、各学校にいる読書アドバイザーが学びをサポートするツールをコーディネートしたり、使い方を教えたりしていきます。論文試験のときには、パソコンを使った音声入力ができるよう、教室に防音ブースを設けたり、別の静かな部屋を用意したりといったことも当たり前におこなわれます。
教員をしている友人たちと、学校での学びについて話すことがあるのですが、たいてい返ってくるのは、学校はいろんなコミュニケーションの手段があることを学んでいく場だということなんです。
世界にはいろんな人がいて、いろんな考え方や伝え方があります。だから、自分が得意なコミュニケーションの方法を見つけたり、相手によって違うやり方を試したり、そういうことを学校でたくさん経験できるといいよね、という話をよくします。
こうした教育制度が成り立つ背景に、一人ひとりの特性や考え方を尊重し、学びや選択の機会を奪わない人権意識があるのを感じます。デンマークでは人権についての理解はどのように深められていくのでしょうか。
人権については、学校のなかでもかなりふれていると思います。デンマークでは学校のクラスのなかに何かしらの障がいのある人がいるのは普通のことですし、特定の授業で習うというより、クラスのみんなが心地よくいるためにどうすればいいかを日常的に話し合うなかで人権意識が育まれるという感覚だと思います。
普段から会話にタブーがないことも大きいかもしれません。障がいのある人も自分たちの人権についてよく話しますし、子どもたちも普通に聞いたりするんですよね。「あの人はなぜずっとよだれが止まらないの」とか。
日本だと、大人が「そんなこと言っちゃダメ」と言ってしまったり、答えがよく分からないまま会話が終わってしまうことが多いです。大人がよかれと思ってしていることが、かえって子どもの学ぶ機会を奪ってしまっていることもあるのかなと思います。
「正しさ」を教わるだけでなく、自分たちで考えたり話し合ったりする習慣が当たり前のこととしてあったうえで、人権について学ぶきっかけも日常的にあるわけですね。先ほどの学校選びの話にも通じますが、メディアや周囲の影響も含めて、そういうものだと言われているから自分もそうだと思っているのか、自分なりに考えたり話し合ったりしたうえでそう思っているのか、そこには大きな違いがあるように感じます。
メディアなどの影響でいえば、デンマークの学校では必修としてメディアリテラシーの授業がありますが、学んでいたとしても目にするものが画一的だと、「そうじゃないといけないのか」と思う人が出てくることは否定できません。たとえば若い女性たちのなかで、メディアやSNSなどの影響で「痩せているのがかっこいい」といった価値観を植えつけられて苦しんでいる人もいると思います。 そういう背景もあって、デンマーク政府は2025年、15歳未満の子どものソーシャルメディア利用を禁止する方針を発表しました。SNS依存や長時間利用など、子どもの心身への影響を懸念して出されたものですが、マスの価値観に踊らされないようにするためにも、まずは対面でコミュニケートできるようになることが大事なのかなと思います。

(後編につづく)
ニールセン北村朋子(にーるせん・きたむら・ともこ)
文化翻訳家。神奈川県出身。会社員、米国留学などを経て、2001年よりデンマークのロラン島在住。教育や持続可能な社会、民主主義などについて、さまざまな発信、連携、実践的な取組みをおこなっている。
デンマーク・インターナショナル・メディア・プレスセンター代表メンバー。DANSK主宰。『デンマークそもそもラジオ』パーソナリティ。一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会アドバイザー。京都芸術大学通信教育部食文化デザインコース講師。デンマーク発祥デモクラシーフィットネス公式トレーナー。
著書に『ロラン島のエコ・チャレンジ〜デンマーク発、100%自然エネルギーの島』(新泉社)、『経済力も幸福度も高くなるデンマークのすごい教育』(青春出版社)がある
