インタビュー

研究コラム

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デンマークから見る日本の子どもと教育
~後編~

文化翻訳家・ニールセン北村朋子さんに聞く

『デンマークのすごい教育』(青春出版社)著者で文化翻訳家のニールセン北村朋子さんへの、インタビュー後編です。今回は、「こども定点2025」の調査結果をまじえつつ、デンマークの文化と「しあわせ」の関わりについて深掘りします。(前編はこちら)

やりたいと思ったときに体験するからこそ意味がある

2023年にスタートした「こども定点」は今回が3回目の調査です。この調査では、子どもを“体験を通して成長する主体的な存在”ととらえて、ふだんの生活の中での「体験」についてたくさん質問をしています。「ふだんしていること」という項目では、最も高かった「家族と晩ごはんを食べる」は約9割で、この3年間ほとんど変化がありません。一方、同項目で2番目に回答の多かった「動画をみる」は、2023年の74.9%から2025年の77.8%(+2.9pt)へと増加しています。また「テレビをみる」「マンガをよむ」「本をよむ」は、この3年間で減少傾向です。こういった状況は、デンマークではいかがですか。

デンマークでもテレビはあまり見られなくなっていますね。ただ、12月の風物詩として日本の昭和時代のような、家族みんなで同じ番組を見て、翌日にその話をほかの人たちとするといった習慣も残っています。

「ユールカレーナー(Julekalender)」といって、12月1日から24日まで毎日放送される24話構成のテレビ番組で、クリスマス・イブに向けて少しずつストーリーが盛り上がっていくので、それに合わせてクリスマス気分も一緒に盛り上げていくんです。SF要素が強かったり、歴史に関連させた内容だったり、年によって内容は変わりますが、小さい子どもも含めてみんなで一緒に楽しめるので、その時間は家族が一緒に過ごす時間にもなっていると思います。

調査では、「体験」以外にも、自己評価や自己満足度、しあわせ度なども聞いています。その関係を分析してみたところ、しあわせ度が高い子どもほど、さまざまな体験をしていることが見えてきました。また、しあわせ度の高い子は「遊園地やテーマパークに行く」などの特別な体験だけでなく、「家族と楽しくおしゃべりする」「友だちと楽しくおしゃべりする」など、家族や友だちとの深い関わりが基盤にあることもわかりました。幸福度が高いことで知られるデンマークでは、子ども時代の体験、そして家族や友人、周囲の人たちとの関係についてはどのように考えられていますか。

できるだけやりたいと思ったときにそれができる環境をつくる、あるいはサポートするという意識は強いと思います。4年生のときにやりたいことは、4年生のときにやらないと意味がないと考えますし、受験のために今は勉強をすべきで、そのためにやりたいことを我慢させるといった考えはありません。

最近よく体験格差という言葉を耳にしますが、体験というのは親や大人がわざわざ用意するものだけではないと思っています。たとえばデンマークでは、夏休みに庭にテントを張って寝ることも多いのですが、それでも十分、非日常です。夜になると虫の音が聞こえたり、朝になると鳥の声で目が覚めたり、そういう体験を通じていろいろなことを知れるわけです。

どこかに連れ出さないと何も体験できないと考えるのではなく、普段できないことを工夫してやろうとする意識が強いことも、幸福度と関係しているかもしれません。

デンマークの家庭において、子どもとの対話ではどんなことが重視されているのでしょうか。

何かを生み出そうと思って対話するというより、お互いその日にあったことや感じていることを話す感覚に近いですね。子どもにとって、一番鬱陶しいのはおそらく、良し悪しでジャッジされることです。

親が「そうしないほうがよかったんじゃない?」と言ったところで、子どもは「そんなことは分かってるんだよ」と思うでしょうし、子どもからすればただ単に話を聞いてほしいだけ。思い返せば、自分が子どもだったときも同じですよね。まだ話し終わっていないのに、「だいたい分かる」「忙しいから早くして」と言われたら、やっぱり悲しい気持ちになります。

親は、子どもから「こうしたほうがよかったかな?」と聞かれたときに初めて答えればよくて。先回りして言ってしまうのはよくないというのは、私もデンマークで子育てをするなかで、息子との対話を通して本当に教わったと思います。

勝つことよりも、混ざり合うこと

子どもたちが日常的に接している人の広がりはどうでしょうか。調査では、「ふだん接している人」という項目から、日本の子どもたちが家族や学校以外の大人とあまり接していないことが見えてきました。

それは日本より圧倒的に多いと思います。デンマークの学校には日本の部活のようなものはありませんが、地域にはスポーツや音楽、チェスなどさまざまなクラブ活動があり、多くの子どもがどこかに所属しています。そこが地域の大人とかかわる場にもなっているんです。

私の息子が所属しているバレーボールのクラブには、17歳から70歳までが所属しています。ジェンダーもさまざまで、混合チームをつくって大会にも出ています。

勝つことだけを考えれば若い人だけでチームを組んだほうが有利ですが、そこはみんなあまり気にしていません。勝利至上主義というより、そこにいるみんなの力でできるところまでやろうという感覚のほうが強いというか。

みんながバレーボールをやりたいと思って集まっているのだから、自分以外の人に対しても、その気持ちを侵害したくない、尊重したいという気持ちが小さい子どもでも強いんじゃないかと思います。

ご著書のなかでも、歌の発表会のエピソードが紹介されていました。最初は、日本では考えられないような揃い具合の発表を見て、「この程度(!)の完成度で発表するんだ……」と思っていたけれど、個性豊かな子どもたちが楽しんで一緒に歌っている姿に感動するデンマーク人の家族たちを目の当たりにして、考え方が変わったそうですね。

彼らにとって、上手い下手というのは二の次なんです。最初にやりたいことがあって、それをなんとかして一緒にやろうとするから楽しい。バレーボールにしても、歌にしても、本人がやりたいからやっているだけで、勝ったりすることはボーナス的なご褒美。目的ではないのでしょう。

ただ、うちの息子も愚痴を言ったりはします。チームにどうしても反応が鈍いおばさんがいて、彼女だとレシーブがうまくできない、でもチームの一員だからしょうがない、と。だからといって、彼女をメンバーから外してしまおう、とはなりません。

愚痴がないわけじゃないけど、自分以外の人の気持ちも尊重したいという気持ちが強くある。それは、息子だけではなく小さな子どもでも、みんなそうなのではないかと思います。

ご著書では、子どもと遊びとの関わりについて、遊びをとおして学ぶ「森の幼稚園」から「ゲーム合宿」まで、さまざまな面から書かれていたのが印象的でした。デンマーク人にとって「遊び」はどんなものなのでしょうか。また、子どもにとって「遊んだ」という感覚は、どういうときに得られるものだと考えますか。

想像力をたくさん発揮して過ごした時間ではないでしょうか。ときにはNintendo Switchで遊ぶことも含まれるのかもしれないけど、自分の好奇心のままいろんなことにチャレンジできたときに、本当の満足感が得られるものではないかと思います。

そもそも遊ぶことに関して、デンマークでは大人と子どもの間に差を設けないですね。息子が高校生のとき、息子から電話が来て「今、人が足りないからすぐ来てほしい」と呼び出されたことがあります。何の人数が足りないのか聞いたら、バスケの3on3のメンバーだって言うんです。「ママ、バスケやってたよね?」って、いや、それもう30年ぐらい前の話だよ、と(笑)。

いたたまれない気持ちで行ってみたら、息子の友達からも「早く早く!」「じゃあこっちに入って」みたいな感じで。子ども側も、大人を特別だとは思っていないし、そこには上下関係もないんですよね。

それは日本の高校生ではあまり考えられないですね。

そうですね。デンマーク人は大人も全力で遊ぶので、子どもといえどもぜんぜん手加減しません。子どもからしても、大人に手を抜かれて勝っても嬉しくはないですよね。しょうがないから付き合ってやるか、といったヒエラルキー意識や片手間感を子どもはすぐ感じ取ります。お互いやるときは真剣勝負だし、遊ぶときはそれに100%集中して遊ぶ、といったことも楽しさや満足感につながっていると思います。

余白にこそ、生きるおもしろさがある

遊ぶことは、幸福度にも大きく関わる要素だと思います。一方、日本では遊ぶことだけでなく、休むこと自体にどこか罪悪感を感じやすい傾向があるように思います。

日本では、休むことに対して「迷惑をかける」とか「怠けている」といった感覚が強くて、休むこと自体に罪悪感を覚える人が多いですよね。休んでいても「課題をやらなくていいのか」「何かしないといけないのでは」と、どこか焦燥感を抱えてしまう。

それは、子どものころから「何の条件もなく休む」という経験が、ほとんどないからだと思います。休みであっても宿題があったり、何か目標を立てたり、「何かしていないといけない」という感覚が身についてしまっているのでしょう。

私はここ数年、「夏休みの宿題撲滅運動」という活動をしているのですが、夏休みの宿題というのは、休まないことと勤勉であることを混同させてしまう要因の一つだと考えています。勤勉であることはもちろん大事です。でも、休みも必ず必要。その二つは本来、別のものとして考えるべきなんです。

日本では、つい何か意味のあることをしなければと考えてしまいがちです。目的なく休む、ただその経験を楽しむという意味では、ご著書で紹介されている「ヒュッゲ」の考え方にも通じるように感じます。

ヒュッゲの感覚を言語化するのは難しいのですが、たとえば、暖炉の前で、穏やかに燃える火を眺めながら、お気に入りの椅子に座り、温かくておいしい飲み物を飲みながら、本を読んでいる時はヒュッゲな時間です。

「デンマーク人はヒュッゲと何を関連づけますか?」というアンケートでも、「温かい飲み物」「キャンドル」「暖炉」……といった言葉のほかに「悪天候」という言葉も並びます。悪天候を気にしながら、室内で温かな飲み物などを手にして過ごす時間は、たしかにヒュッゲといえるでしょう。

私たち日本人は、子どものころからずっと生産性のようなものを求められてきたんだろうなと思います。みんなが、目的がある毎日になっちゃっている。でも、本当は目的がないところに、生きる面白みがあると思うんですよね。


ニールセン北村朋子(にーるせん・きたむら・ともこ)

文化翻訳家。神奈川県出身。会社員、米国留学などを経て、2001年よりデンマークのロラン島在住。教育や持続可能な社会、民主主義などについて、さまざまな発信、連携、実践的な取組みをおこなっている。
デンマーク・インターナショナル・メディア・プレスセンター代表メンバー。DANSK主宰。『デンマークそもそもラジオ』パーソナリティ。一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会アドバイザー。京都芸術大学通信教育部食文化デザインコース講師。デンマーク発祥デモクラシーフィットネス公式トレーナー。
著書に『ロラン島のエコ・チャレンジ〜デンマーク発、100%自然エネルギーの島』(新泉社)、『経済力も幸福度も高くなるデンマークのすごい教育』(青春出版社)がある。

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