もうすぐ200人!記念 歴代メンバーでふりかえる写話プロジェクト 【後編】

2019年にスタートした写話プロジェクトは、これまでにのべ189人の子どもたちの声に耳を傾け、レポート冊子やウェブサイトにアーカイブしてきました。プロジェクト開始から現在までの間には、コロナ禍をはじめとする大きな社会変化がありました。デジタルテクノロジーの発達は、現在進行形で私たちの生活を変えています。
このような激動の時代にあって、子どもたちはどのように変化したのでしょうか。2025年度におこなったインタビューの公開完了を機に、プロジェクトの立ち上げメンバーと現メンバーが集合。これまでの歩みをふりかえりつつ、子どもたちの変化とプロジェクトの今後を語り合いました。

人間同士がしゃべるだけで
何かが起こる

写話に取り組むことは、子どもたちにとってどんな体験になっていると思いますか?

F

なんの写真を撮ろうか考えるなかで自分が好きなものを再発見するのも、写真が入口だからやりやすいことで、言葉でいきなり考えようとしても難しいかもしれません。あとは、インタビューの最後に「どうだった?」と聞くと、「好きなことをいっぱいしゃべって楽しかった」「すっきりした」と言ってくれることが多くて。ふだん大人はあまり話を聞いてくれないけど、写話では大人がちゃんと話を聞いてくれるからいいプロジェクトだと思う、と言ってくれた子もいました。

W

子どもにどんな良いことがあったかは本当の意味では分からないけど、何らかのことは起こっているだろうと思いますね。自分では気づかなかったけど、しゃべってるうちに「こういうことが好きなのか」「こういうことを考えてたのか」と気づくとか。はっきりと手ごたえとしてつかみやすいものではないけど、普段やらない変なことをやっているので、何かしら影響は残してるだろうな、とは感じます。

ここ数年で急速にAI技術が発展し、家族や友人ではなくChatGPT(通称、チャッピー)などの生成AIに悩み相談や内面の吐露をする10代が現在でもたくさんいます。今後さらに生成AIが高度化・一般化していくなかで、写話の価値とはどのようなものになるとお考えですか。

W

AIと写話の関係は面白いテーマですね。でもオープンダイアローグ(フィンランド発祥の精神科医療の治療・支援アプローチ)などの対話的支援も、人間同士の生の対話じゃないと効果がないと言われています。なんで生の対話だと効果があるのかは分からない。謎というか、不思議というか。だけど人間の生の言葉にはなんらかの力があって、単に人間同士がしゃべるだけで何かが起こるっていうのは面白いと思っています。

F

インタビューは相互作用だと思いますし、聞く人の個性と聞かれる人の個性の間にしか生まれないものがあると思うんです。同じ子でも聞き手が違えば違う会話になります。お互いの波長が合った瞬間に、子どもがわーっと盛り上がって話してくれることもあります。Wさんが聞き手になったインタビューを見ていたときは、Wさんだからこそこういう話が出てくるんだなとすごく面白かったのを覚えています。

K

子どもたちが撮ってくれた写真のリストがあがってきた時点で、私たちも誰が聞き手になるかを、相性もふまえて考えてますもんね。こういう子だったら、この人がインタビューしたら盛り上がるんじゃないかって。あとは、ラポール形成(相手との信頼関係や安心感が生まれている状態をつくること)じゃないけど、その子らしさを出してもらいやすいよう、相づちとか表情とか、言語のやり取り以外も意識しています。これもAIではなく人間だからこそかもしれません。

F

調査としてみれば、専門性のある聞き手が常に同じトーンでインタビューすることが大事なので、この方法は不適切なのかもしれません。だけど写話には絶対的な正解があるわけではないし、むしろ聞き手と話し手の個性によって生まれるランダムな会話が面白さになっていると思います。

写話は風通しを良くする

そろそろまとめに入りたいと思いますが、写話プロジェクトがおこなっていることには、どんな意義があるでしょうか。

K

その時代、その場所の、その年齢のその子が、その時点で好きなことや考えていることについて、1時間かけてじっくりと話を聞けるのには意義があると思います。インタビューを見返すと、そのときの子どもの様子が色濃く残っているんですよね。このアーカイブが蓄積されていくことは、社会にとっても大切なのではないでしょうか。今後も写話が続いて、30年後くらいに「当時の子どもたちってこんな推し活してたんだね」とか、「チェキって何?」とか、「部活って学校でやってたんだね」ってふりかえる日がくるかもしれませんしね。

W

意外と子どものこういう定性的な記録って残ってないですもんね。たとえばバブル期の日本というとお立ち台のイメージだけど、それは時代のごく一部の、しかも大人たちの記憶でしかない。当時の子どもの記録って、家庭で撮られた写真くらいで、声は残っていないですよね。現代もSNSに市井の人たちの声はあるけど、それも一定年齢以上の人のもので、子どものものは基本的にない。

あとは、写話が大人と子どもの間の風通しを良くすることにつながればいいですね。大人は偏見や思い込みで「子どもは何も知らない」と言っちゃうけど、写話のインタビューを見るとちょっとリアリティを持って話ができるというか。

F

いまを生きる子どもたちを見る解像度が上がりますよね。私がこども研究所に来たころ、社会が子どもに対して不寛容になっているという話をよく聞きました。子どもたちがいま何を考えて何をしているのかを大人たちが知ることで、子どもの存在を少しでも身近に感じてもらえればと。結果として社会全体が子どもを受容し、寛容になっていくことにつながればいいなと思います。

W

私たちは、常に下の世代に対して偏見を持って語るじゃないですか。「子どもはこうあるべき」とか、「俺たちはどうだった」とか。放っておくと偏見に満ちてしまうので、それをすこしでもフラットにする方法はいくらでもあったほうがいい気がする。定量調査も大事だけど、やっぱり実感がわかないところもあるので、そのフラットにする方法のひとつとしてこういうものがあることに価値があるのではないでしょうか。

F

あとは同世代の子どもたちに写話を見てもらって、同じ年代や同じ場所に住んでいる子たちが話したことを知ってもらうのも意外と面白いというか。「こういう考え方もありなんだな」と思ってもらえるといいですよね。

K

「自分が悩んでいることを、他の人も同じように悩んでいるんだな」とか、「自分と同じものを好きな子が北海道にいるんだ」とか、「自分のなかにとどめておいたことも、外に出してもいいんだ」とか。子どもってどうしても生活圏がせまくなりがちなので、自分だけじゃないんだとか、ほかの考え方があるんだ、と気づけることって、けっこう大事なことだと思います。

最後に、これから写話プロジェクトでやってほしい、やってみたいことはありますか?

W

みんなで写話プロジェクトのような学校でのワークショップはもっとやったらいいんじゃないでしょうか。好きな写真を1枚持ち寄って5~6人で雑談すると、お互いのことを知れる。小学校、中学校、高校、どの年代でやってもいいと思います。いまは好きなものをあまり過剰に語りたくない、みたいな雰囲気もありますしね。

F

そうですね。同じものが好きな子には話すけど、そうじゃない子に話すと迷惑がかかるのではないか、という雰囲気を感じます。でも過去に学校で写話をやったときは、「こうやって人に話すのが意外と好きだと発見した」という子もいました。個人的には、先ほどアーカイブの話も出ましたが、子どもの語りを集めた生活史みたいなものが残ることに意味はあるかなと思います。

K

できるだけたくさんの大人と子どもに写話を読んで知ってもらいたいし、自分でもやってみてもらいたいですね。写真を撮って話をする/話を聞くことの効果はすごく感じるので、その機会が子どもたちにもっと広がるといいなと。これからも社会状況などによってやり方が変わることはあると思いますが、形は変わったとしても長く続けていくこともすごく大事だと思っています。

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